今月第三日曜日に予定していた寄り合いは、お知らせしていたとおり、中止になりました。告知が行き渡らず、ご足労いただいた人には申しわけありませんでした。12月も第三日曜日に予定しています。
よろず相談では毎月第三土曜日に釜ヶ崎で「センターの日」という取り組みをしています。これは大阪城公園でやっている寄り合いを釜ヶ崎でやっているようなもので、集まった人たちとおしゃべりをしながら、近況を知ろうというものです。
今年の7月、8月は精神的なしんどさから中止にしました。9月から再開したのですが、一度「なくなった」と思われると、なかなか人が集まりません。10月、11月は雨模様だったせいもあるかと思います。今月は気持ちの整理がついて、気負わずにマイペースでやっていけそうな気がしました。
人が集まらないなら集まらないなりに、何かが起こるのが「センターの日」の面白さです。今月は鶴橋から仕事を探しにきているという人とお話ししました。今日はあぶれてしまって何も食べていない、三角公園の炊き出しも終わりかけで野菜汁しか食べられなかったというので、ホットケーキを焼いてホイップクリームを山盛りにのせたものを2枚提供しました。彼がよく行く会社は午前2時に釜ヶ崎に来なければならず、顔づけではねられることもあるという苦労話をお聞きしました。
前回の夜回りでは、夏のあいだ会うことのなかった仲間と久しぶりにお話しすることもできました。夜はまだ蚊が出るということでしたが、今週は急激に冷え込んできたので、そろそろカイロの出番でしょうか。次回の夜回りはもう12月ですね。寄り合いでは温かいものを用意したいと思います。
2024年11月16日(土)第81回「センターの日」——「世間」に回収されない理性的な「人情」
第81回「センターの日」
10月の「センターの日」は天候も悪く、立ちよってくれた人もごく少数でした。お好み焼きを焼くのに、サラダ油を忘れてしまい、マヨネーズで代用しました。チューブ入りの明太子を混ぜたところが目新しかったかと思います。 今月はホットケーキにしようと思うのですが、ホイップクリームをトッピングしてみることにしました。業務スーパーで、解凍すればそのまま絞り出せる便利な一品を見つけたので、これを試してみます。
しかし、どうやら今月も雨が降るようなので、ぼちぼちでやりたいと思います。
「世間」と「人情」
阿部謹也という歴史学者が日本社会の「世間」について論じた本を読み直しています。日本社会は、公明正大であることを目指す「社会」とは別に、内輪のルールが支配する「世間」があって、結局は「世間」の不透明な決定が通ってしまうといったような話です。
「理屈はわかるけど、仕方ない」「世間知らずなやつめ」「世の中そんなもんだよ」などとよく言われます。また、そういった事情を理解して上手に「世渡り」できる人が関心されるようなところもあります。
3年前の「センターの日」のビラに次のようなことを書いたことがあります。
資本主義の矛盾が凝縮されたこの街で、さまざまな事情を持った人たちが境遇を同じくしています。しかし、その矛盾に抗うようなエネルギーが釜ヶ崎の魅力であり、人情だったのではないでしょうか。
昔、飯場に入る手引きをしてくれたある労働者は「西成は情が廃れたいうけどな、そんなことないんや」と言っていました。このような「人情」も「世間」と同じものなら、せっかくの議論の積み重ねを台無しにする、ダブルスタンダードの温床にすぎないことになります。
一方で、1970年代の釜ヶ崎は「革命が起こるならここからだと思ってた」と言われるような場所でした。もう一つの社会を可能にするような「オルタナティブ」を提示するものだったのです。
オルタナティブとダブルスタンダード
オルタナティブとダブルスタンダードの違いはいったいどこにあるのでしょうか。たぶん、そんなことを問うことに意味はありません。問題はダブルスタンダードであるところにあるのだし、実はダブルスタンダードですらないのだと思います。
日本社会で支配的なものは、表面的な「社会」のルールに食い込んだ人たちの「内輪のルール」が置き換えられているだけだと考えると、「内輪のルール」はいくつもあるし、入れ替わることもあります。内輪のルールを共有する人のつながりがあちこちにあって、それぞれ勝手なことをやっているのでしょう。
「世間」に回収されない「人情」
「世間」と「人情」は必ずしも地続きではないけど、地続きになってしまうのだと思います。それなら、「世間」に回収されない「人情」はもともとありうるはずです。「困っているやつがいたら助けてやるもんだ」という人情は、きわめて理性的なものではないでしょうか。
困っている人は孤立している人です。孤立している人に手をさしのべようという人は、その人を孤立させたものに背くことになります。行動するときには衝動的でも、次にそうするときには頭が働きます。理性的でなければ人情のあり方は定められないのです。
第81回「センターの日」のお知らせ
「センターの日」とは
労働者の街として知られる大阪の釜ヶ崎は今、大きな再開発の波にさらされています。2012年に始まった西成特区構想による「まちづくり」も進められています。貧困層の追い出しをともなうジェントリフィケーションであるとの批判もあります。
地域住民と行政が協同して地域を良くしようと努力しているとの主張がある一方、これまでと変わらない強制排除が幾度となく繰り返されています。真実はいったいどこにあるのでしょうか?
労働者の街である釜ヶ崎に、あいりん総合センターという施設があります。センターは釜ヶ崎の中核とも言える場所です。このセンターの建て替え、閉鎖、仮移転がまちづくりの会議の中で決定しました。
釜ヶ崎で何が起きているのか、私たちは何かできることはないのか、私たちは何を知るべきなのか。一から考えるために、私たちは2017年11月から月に一回、第三土曜日に釜ヶ崎のセンターで労働者の声を聞く取り組み、「センターの日」をはじめました。
場所・日時のご案内
JR新今宮駅西口から地上に出て、国道の向かいのあいりん総合センター北西側付近で、2024年11月16日(土)14時から16時に実施します(基本的に毎月第三土曜日)。
これまでの「センターの日」
これまでの報告はこちらです。
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回 第10回 第11回 第12回 第13回 第14回 第15回 第16回 第17回 第18回 第19回 第20回 第21回 第22回 第23回 第24回(中止) 第24回 第25回 第26回 第27回 第28回 第29回 第30回 第31回 第32回 第33回 第34回 第35回 第36回 第37回 第38回 第39回 第40回 第41回 第42回 第43回 第44回 第45回 第46回 第47回 第48回 第49回 第50回 第52回 第53回 第54回 第55回 第56・57回 第58回 第59回 第60回 第61回 第62回 第63回 第64回 第65回 第66回 第67回 第68回 第69回 第70回 第71回 第72回 第73回 第74回 第75回 第76回 第77回 第78回 第79回 第80回
2024年11月7日(木)夜回り・余裕のある生活
11月は第三日曜日を寄り合いの予定にしていますが、中止にしなければいけないかもしれません。仕事の都合で休日出勤しなければならないことが分かりました。土曜日か日曜日、あるいはその両方出勤の可能性があり、その詳細がこの夜回りの翌日にならないと分かりません。
もともと第二日曜日に予定があるために、第三日曜日に変更したのですが、今週末の予定の方はどうも行かなくてもよさそうな気配がしてきました。気を遣って行く予定にしていたのに、相手は不参加だそうです。体調も良くないし、それなら休みたいくらいですが、参加しないと参加費が自腹になってしまうので、少しでも顔を出さざるをえません。
昨日の夕方はJRが事故の影響で遅れて、30分ホームで待たなければならず、その時にものすごくイライラしている自分に気がつきました。これも体調が悪いせいなのだと思います。体調が悪いと、急にスケジュールが密である気がしてくるし、面倒ごとばかり起こるような気になってしまいます。
体調が悪くなったのは、先週末にちゃんと休まなかったからであることも分かっているので、計画的に休むことを考えた方が良いのでしょう。しかし、「計画的に休む」ことがうまくできないのだと思います。小学校の頃から「物事は計画的に」などと言われますが、そもそも計画を立てられるのは余裕があるからでしょう。
新しい公共性のヒントとして「コモンズ」に言及されることがあります。コモンズとは「共有地」あるいは「共有の仕組み」のことです。しかし、コモンズの本質は「余裕」であり、それ自体に唯一無二の機能があるわけではないように思います。
2024年10月24日(木)夜回り・治らない体調不良の理屈
前回思いついた「ビラを書く当日ないし、その前日に起きたことから書き起こす」という原則にのっとると、今回のネタはなかなか治らない体調不良をおいてほかにないでしょう。
9月前半のビラで、この夏は「それほど困難というわけではないが、とどこおりなくこなしていかなければならない課題」がたくさんあって大変だという話をしていたと思います。おかげさまで数々のしめきりや課題をクリアして、この週末を乗り切ればようやく一息つけるというところまで来ました。
しかし、この週末がとても大変で、二つの課題の本番が控えています。しかもそのうちの一つはまだ準備が完全には終わっていません。先週金曜日になんとか目星がついて、「よし、来週はこれを完成させるだけだから楽なものだ」と思ったのですが、土曜日には雨のなか釜ヶ崎で「センターの日」を行い、日曜日から体がだるくて寝込んでいました。
素直に寝込んでいればいいものを、日曜日はリハビリ病院に入院中の人のおみまいに行ったり、本を読んだりしてしまったのが、今思えばよくありませんでした。月曜日はわりと休んだつもりだったのですが、火曜日になってもだるさが取れず、これは仕事にならんと午後は早退しました。
水曜日まで休んでいたら、さすがに準備がまにあわないと少し無理して出勤して仕事を進めました。どこかで「もう治ることにしよう」と決めなければ、いつまでも治らない気がします。本番は金曜日なので、木曜日はゆっくりしたいところですが、夜回りを休んだところで大差はないので、決行です。
というように、あれこれもっともらしいことを考えてみるものの、やったこと、やろうとすることに理屈を合わせているだけなのだと思います。人間は構想によって生活や社会を作り出せてしまいます。ゆえに、構想からずれた部分も構想の一部であるようにとりつくろってしまうのは、こっけいな話です。
2024年10月19日(土)第80回「センターの日」——見出される課題
あるべき野宿者運動の行方
「センターの日」は今回で80回、今月の開催で7周年ということです。「そんなバカな」という気持ちがします。
大阪城公園よろず相談、釜ヶ崎パトロールの会、長居公園仲間の会の連名ではじめたのは、その頃「三公園会議」という取り組みがあったからです。かつてテント村があった公園で活動をはじめた私たちは、テント村があった時の問題意識を持ちつつ、あるべき野宿者運動の行方を模索していました。
自立生活運動としての野宿生活
前回のビラにも書いたように、野宿者運動は、野宿している当事者による当事者運動でありながら、それを支える支援者のあり方と切り離せません。
当事者運動としては、野宿者運動以前に障害者の自立生活運動が有名です。「保護」の対象として位置付けられ、「服従」を強いられる状況から、「自己決定」によって道を切り開いて行ったのが障害者の自立生活運動でした。
一方、野宿者には「保護」もなければ、その結果としての「服従」すらないまま、見捨てられた境遇を強いられていました。その見捨てられた境遇でとにかく生き抜かなければならないことは、野宿生活を最初から自立生活運動にしていたのです。
野宿生活における「尊厳」
そこにあるのは「自己決定」などという輝かしいものではなかったかもしれません。しかし、「保護」もないところで、「生きるか死ぬか」を迫られ、死にきれずに生き延びることは、バカにされるようなことではありません。
どんなにかっこ悪くても、みじめな思いをしても、世間から冷たい目を向けられようとも、否定的に見られながら生きていることが、野宿生活に「尊厳」があることを一点の曇りもなく映し出しています。
救いを求めるなら
試されているのは支援者の方なのです。尊厳を映し出す野宿を生きる姿に心を打たれながら、何をどうすべきかを悩みきれていない情けない支援者たちを、心の底でバカにしてください。
とはいえ、支援者といっても、何もかもに恵まれた人間であるはずもないし、一人一人違った、さまざまな欠落を抱えた落伍者かもしれません。しかし、野宿生活の「尊厳」を知る者であるなら、情けない姿をさらしながらでも、何をやるべきなのか、どうすればやり続けられるのかを知らねばなりません。
当事者と支援者が、当事者も支援者もなく取り組めるような形で課題を見出せるようにならなければ、いずれにせよ、求めたくなるような救いは実現できないでしょう。
笹沼弘志『ホームレスと自立/排除——路上に〈幸福を夢見る権利〉はあるか』2008年、大月書店
今回のビラは、憲法学者の笹沼弘志さんの本を読みながら考えました。笹沼さんは、どんなに「保護」の条件が整えられようとも、排除されない権利があることを書いています。私たちはいつまでもスタート地点にいるわけではないのです。
第80回「センターの日」のお知らせ
「センターの日」とは
労働者の街として知られる大阪の釜ヶ崎は今、大きな再開発の波にさらされています。2012年に始まった西成特区構想による「まちづくり」も進められています。貧困層の追い出しをともなうジェントリフィケーションであるとの批判もあります。
地域住民と行政が協同して地域を良くしようと努力しているとの主張がある一方、これまでと変わらない強制排除が幾度となく繰り返されています。真実はいったいどこにあるのでしょうか?
労働者の街である釜ヶ崎に、あいりん総合センターという施設があります。センターは釜ヶ崎の中核とも言える場所です。このセンターの建て替え、閉鎖、仮移転がまちづくりの会議の中で決定しました。
釜ヶ崎で何が起きているのか、私たちは何かできることはないのか、私たちは何を知るべきなのか。一から考えるために、私たちは2017年11月から月に一回、第三土曜日に釜ヶ崎のセンターで労働者の声を聞く取り組み、「センターの日」をはじめました。
場所・日時のご案内
JR新今宮駅西口から地上に出て、国道の向かいのあいりん総合センター北西側付近で、2024年10月19日(土)14時から16時に実施します(基本的に毎月第三土曜日)。
これまでの「センターの日」
これまでの報告はこちらです。
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