大阪城公園よろず相談

大阪城公園を中心に野宿者支援活動を続けている大阪城公園よろず相談のブログです。

2021年4月15日(木)夜回り・大阪のコロナ禍と路上

 暖かくなってきたと思ったら肌寒かったり、昼は暑くても朝晩は冷え込んだりと、落ち着かない春です。そうこうしているうちに桜も散ってしまいました。先月の寄り合いは雨で中止になりましたが、コロナ禍ではその方が良かったのかもしれません。

 大阪府のコロナ対策はかなり危うい状況のようです。緊急事態宣言の解除を前倒しした結果、3月末には早くも第4波に突入してしまいました。しかも、大阪府は宣言解除にともなって、最大236床だった重症病床の確保数を150床まで減らす検討を医療機関に対して指示していたというのです。最大30床受け入れできる大阪コロナ重症センターも半分以下の稼働体制に縮小されており、その点を突かれた吉村知事は「もともと3月で閉鎖する予定だったのをむしろ閉鎖せずに動かしている」と変な言いわけをしていました(また、3月末に閉鎖する予定だというのは真っ赤なウソだったようです)。

 吉村知事はよくテレビに出演しています。報道番組で説明責任をはたすのはまだ意味があるのかもしれません。ところが、吉本興行のタレントが司会をしているバラエティ番組にも出ています。そこでは、立憲民主党の枝野氏に対して「ケンカを売るなら受けて立つ」とばかりにタレントたち相手に内輪話をして盛り上がっていました。テレビを見る人たちは報道番組の外ですでにどっぷり洗脳されてしまっています。

 よろずの夜回りや釜ヶ崎でやっている「センターの日」などで、コロナ禍によって文字通り「路頭に迷う」状態に陥ったという方にお会いします。この状況もすっかり長くなってしまい、何度となく同じ方からお話を聞く機会があります。困っているのは自分一人ではありません。どこかに同じように困っている人がいます。それならこれは社会の問題です。「いいかげんにしろ!」と声を上げていきましょう。気づくところから、気づかせるところから、いつも社会は変わっていきます。同じところもあれば違うところもある他人同士の出会いに希望はあるのだと思います。

第41回「センターの日」のお知らせ

当たり前のことをやれる場所を守りましょう

 もののやりとりを直接しなくても、私たちは日常的に何かを交換しているのだと思います。誰かの代わりにコーヒーを入れる、焼いた肉を取り分けてもらう。コーヒーや肉そのものではなく、それらを通して何かを受け取っているはずです。そうして受け取ったものは、また別の誰かに手渡されていると思うのです。

 見えないもののつながりがあるから、私たちはこうやって集まることができるのだと思います。センターはそのような場所でなければいけません。当たり前のことをやっているだけなのだとしても、当たり前のことをやれる場所が私たちには必要です。

場所・日時のご案内

 JR新今宮駅西口から地上に出て、国道の向かいのあいりん総合センター正面付近で、2021年4月17日(土)13時から16時に実施します(基本的に毎月第三土曜日)。

これまでの「センターの日」

 これまでの報告はこちらです。

第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回 第10回 第11回 第12回 第13回 第14回 第15回 第16回 第17回 第18回 第19回 第20回 第21回 第22回 第23回 第24回(中止) 第24回 第25回 第26回 第27回 第28回 第29回 第30回 第31回 第32回 第33回 第34回 第35回 第36回 第37回 第38回 第39回 第40回

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カンパのお願い

 大阪城公園よろず相談の活動に賛同いただける方はカンパにご協力下さい。以下の口座まで振り込みをお願いします。活動に関心のある方は一声おかけ下さい。夜回りや寄り合いのほか、哲学読書会やソフトボール大会、「センターの日」などの活動も行っています。

郵便振替

記号14080
番号32204771
大阪城公園よろず相談

郵貯以外からの振り込みの場合
店名 四〇八(ヨンゼロハチ)
店番 408
預金種目 普通預金
口座番号 3220477

2021年3月20日(土)第40回「センターの日」——私たちが交換しているもの

第40回「センターの日」のあらまし

 第40回となる「センターの日」では、1970年の日本万国博の記録映画を観ました。大阪市立図書館で見つけて、試しに観てみるかと借りてきたものだったのですが、YouTubeでも観ることができるらしいことに当日気づきました。
 3時間近くもある長い映像だったので、最初から最後まで観た人はいなかったものの、わりと熱心に観ている方もおられました。観る前は、記録映画なんて観て面白いだろうかと思っていましたが、今となっては映像そのものが物珍しくて、不思議な気持ちになりました。
 昔、NHKアーカイブ映像で万博の工事で活躍した鳶職人を取り上げた番組を観たことがあります。ああいった映像をセンターで観ることができたら、また面白いだろうなと思いました。

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塩豚を焼きました

 今回もバーベキューコンロで炭火を起こし、事前に仕込んでおいた塩豚を焼きました。最近では炭火焼きを手伝って下さる方も多くて助かっています。
 「センターの日」も予算がたくさんあるわけではないので、なるべくお金をかけずに楽しめるように頭を悩ませています。肉を安く手に入れようと思ったら、どうしても業務スーパー頼みになります。塩漬けにして熟成させたら、ブロック肉も少しは美味しくなるかなと思ってのことなのですが、どうでしょうか。何となく不安になって、いつも塩加減を多めにしてしまいます。
 寒い時期のにぎわいにとはじめたことなので、今シーズンの炭火焼きもそろそろ終わりかなと考えていたところ、「来月もやろうよ。夏でもバーベキューはやるでしょ」ともっともなご意見をちょうだいして笑ってしまいました。とはいえ、また新型コロナウイルスの感染が拡大しているなか、どうしたものかと悩んでいます。

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長引くコロナ禍

 1月の「センターの日」で初めてお会いしたお二人にも再会しました。お二人ともコロナ禍で仕事がなくなって困っているというお話でした。またお話しできたことはうれしいのですが、2ヶ月経ってもやはり苦しい状況が続いている裏返しなのだと思うと、気持ちに影が差します。
 また、やはりコロナ禍で仕事を失って、釜ヶ崎にやってきたという若者お二人ともお話しできました。炭火焼きの後に提供したインスタントコーヒーの準備を手伝って下さって、とても助かりました。ドリップコーヒーが用意できない代わりだったのですが、コーヒーがあると自然と人の集まりができます。

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私たちが交換しているもの

 もののやりとりを直接しなくても、私たちは日常的に何かを交換しているのだと思います。誰かの代わりにコーヒーを入れる、焼いた肉を取り分けてもらう。コーヒーや肉そのものではなく、それらを通して何かを受け取っているはずです。そうして受け取ったものは、また別の誰かに手渡されていると思うのです。
 見えないもののつながりがあるから、私たちはこうやって集まることができるのだと思います。センターはそのような場所でなければいけません。当たり前のことをやっているだけなのだとしても、当たり前のことをやれる場所が私たちには必要です。

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2021年4月1日(木)夜回り・声を上げる戦い

 こんばんは。大阪城公園よろず相談です。新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるう中、変異株ウイルスが流行しだしています。

 ワクチンの接種が始まっていますが、副作用があったり、亡くなる方の数が増えています。人体実験とも受け取れる世の中っていやですねぇ。

 さて、今回のテーマは『人の声ってなぁに?』について書きます。私たち人間は世界中のどこかで声を上げています。例えば香港や台湾の民主化運動にしかりアメリカではBLM運動、ミャンマーでは軍事クーデターがおき、軍事政権に抗議する運動も広がっています。日本国内でも例外ではありません。『声を上げなければ何も変わらない。何かを変えるためには声を上げ続けるしかない。』昔からそうやって声を上げ続けています。それは十回、デモ、スタンディングなど多岐にわたります。変わった一方で成果が上がらないのも事実として多くあります。大阪では11月1日に都構想の住民投票があり、否決されました。

 10月の初めには賛成派が反対派を大きく上回っていました。ところが日を追うごとに差が縮まって最終的には否決になったのです。

 これは維新の会を含む賛成派の失態に加え反対派の人が声を上げ続けた結果だったのです。そうなるとやはり声を上げ続けることがいちばん重要であると感じました。中には声を上げる事が恐い、あるいは周りから白い目で見られる事を嫌がる人もいるでしょう。それではいつまでたっても何も変わりません。

 私自身、いくつかの運動に参加しています。意見の食い違いはありますが、最終的に方向性は同じなので、一緒に活動していて面白いし楽しくもあります。そうなるとやはり声を上げ続けるしかないのです。共有できる仲間がいると頼もしいものです。『声を上げる戦いは終わらない。』皆さんがこの文章を読んで少しでも共感してくれたらうれしいです。という事を考えながら今日も夜回りをします。(の)

2021年3月18日(木)夜回り・待ちに待った春の到来です

 こんばんは。よろず相談です。

 待ちに待った春の到来です。

 と、うきうき気分もないにはないけれど、

 寒暖差が激しいし、花粉も飛ぶし、朝は眠いし、実は春は苦手、という方も多いのではないでしょうか。

 パンデミックからはや1年が過ぎ、アフターコロナな世の中。コンビニに行けば、釣り銭とレシートが客に向かって機械から直接うにょうにょ出てきます。ソーシャルディスタンスを保つための白線も見慣れたものになりました。マスクもパンツ並みに人間が社会生活を営むうえで欠かせないアイテムになっています。というよりもはやパンツ以上ですね! パンツ履いてないよりマスクしてないほうが白い目で見られますかね。パンツ履きなさい! って注意するにもまず、マスクがないとですね。人権を主張するにもまずマスクしてね、って言われちゃいますね。総務省の接待疑惑で答弁に立つ政治家も、ちゃんとマスクしてますね。悪いことするのもマスクしてねって感じですか。

 「マスク飲食」なる振る舞いも奨励されているみたいで、これはなかなか難易度が高そうです。マスクつける→外す→食べる→マスクつける→外すー→食べるということを繰り返して食事を続けるらしいのですが、各メディアがこの動作をこぞって映像化しており、ちょっと笑ってしまいました。こういった動作を国民ひとりひとりが執り行えば、感染リスクを抑えながら経済を回せるというのか? と、正直信じがたい気持ちでした。

 ほのぼのしたい春です。

 1日も早い疫病の退散を願うばかりです。

 ワクチンは野宿者まで届くでしょうか?

 さて、来週の日曜日は寄り合いです。今回は難波宮で行います。遠慮なくお立ち寄りください。

第40回「センターの日」のお知らせ

その思いを当たり前に口にできるように

 建て替えの計画を前に閉鎖、排除が刻一刻と迫るセンターで、何かができないかと模索して、私たちは2017年11月から「センターの日」をはじめました。どんな展開になろうとも、立場は違えど、センターに集まる人びとと同じものと向き合って、やるべきこと、できることを探し続けるつもりで「センターの日」をやってきました。

 孤独な闘いを孤独なままに終わらせないために、私たちが、その一人ひとりと出会い、関係を作りながら、理解を深め、自然と集える場所を作って、その思いをみんなが当たり前に口にできるようにしなければなりません。そうやって、私たちは私たちの世界を変えていきましょう。

場所・日時のご案内

 JR新今宮駅西口から地上に出て、国道の向かいのあいりん総合センター正面付近で、2021年3月20日(土)13時から16時に実施します(基本的に毎月第三土曜日)。

これまでの「センターの日」

 これまでの報告はこちらです (第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回 第10回 第11回 第12回 第13回 第14回 第15回 第16回 第17回 第18回 第19回 第20回 第21回 第22回 第23回 第24回(中止) 第24回 第25回 第26回 第27回 第28回 第29回 第30回 第31回 第32回 第33回 第34回 第35回 第36回 第37回 第38回 第39回)。

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カンパのお願い

 大阪城公園よろず相談の活動に賛同いただける方はカンパにご協力下さい。以下の口座まで振り込みをお願いします。活動に関心のある方は一声おかけ下さい。夜回りや寄り合いのほか、哲学読書会やソフトボール大会、「センターの日」などの活動も行っています。

郵便振替

記号14080
番号32204771
大阪城公園よろず相談

郵貯以外からの振り込みの場合
店名 四〇八(ヨンゼロハチ)
店番 408
預金種目 普通預金
口座番号 3220477

2021年2月20日(土)第39回「センターの日」——●●さんについて

●●さんについて

 彼と出会ったのは2017年の11月、難波宮跡公園で、大阪城公園よろず相談の夜回りの時でした。その数ヶ月後、2018年7月に「センターの日」の声かけをしていてセンター3階で再会しました。

 「前にあなたと会ったことがあると思う」と言われ、釜ヶ崎で会ったのでなければ、よろずの夜回りの時ということになるけど……と考えていて、「あっ、●●さんですか!」と思い当たりました。彼は「あちゃ〜」という顔をして「わしどこにも行けんようになるな」と、となりの友だちと笑っていました。
 1日2冊のペースで本を読むと言っていた彼は、「センターの日」で古本を配布していた時は「すごく助かってます」と喜んでおられました。

 センター閉鎖後は「必要な人に分けてあげて下さい」と、衣料品や雑貨をたびたび提供して下さいました。ややこしいから運動にはかかわらないと言いながら、「俺たちはどこでも生きていける」とうそぶく仲の良い友だちと一緒に、「私らは最後まで居座るつもりです」と言っていました。

 彼が亡くなったらしいことを2月の「センターの日」の前日に知り、お供え物として彼が「大好物だ」と言っていた週刊誌と花を買っていきました。すごく悲しいことが起きたはずなのに、悲しみ方が分からず、どこか白々しいことをしている気持ちでした。●●さんと親しかったお隣さんに話しかけて、彼が「来てくれてありがとう」と繰り返し言って、ボロボロ涙を流すのに接してもらい泣きをしました。

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悲しみのありか

 建て替えの計画を前に閉鎖、排除が刻一刻と迫るセンターで、何かができないかと模索して、私たちは2017年11月から「センターの日」をはじめました。どんな展開になろうとも、立場は違えど、センターに集まる人びとと同じものと向き合って、やるべきこと、できることを探し続けるつもりで「センターの日」をやってきました。

 しかし、「最後まで居座ろうと思う」と腹をくくっていた彼が、その最後の日を迎えることは、もうありません。死の間際はとても弱っていて、それでも救急搬送を拒んでいたと聞きました。

 「●●さんに生きていて欲しかった」——そう思うことは、十分すぎるほど苦しんで亡くなった彼に、なお苦しみを強いることを意味するだけなのかもしれません。また、彼は自分の苦しみや抗いがついに報われる日など決して来ないと理解していたのかもしれません。このように考えていて、ようやく自分の悲しみがどこにあるのかを突き止められた気がしました。

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残されたもの

 彼の苦しみ、彼の抗いは、たとえ決して報われなかったのだとしても、何も残さなかったわけではありません。苦しみを苦しみのままにして、彼の抗いが見えていながら、手が届かないまま終わらせてしまった悔いが私たちの中に残されています。

 彼が抗っていた状況は何一つ変わっていません。野宿生活を送る仲間が、本当は悔しい思いを抱えて暮らしているのに、それを口にできないのは、その言葉を聞ける人間がいないからです。みんな、一人ひとりが同じ思いを胸に秘めて、孤独に闘っているのだと思います。

 孤独な闘いを孤独なままに終わらせないために、私たちが、その一人ひとりと出会い、関係を作りながら、理解を深め、自然と集える場所を作って、その思いをみんなが当たり前に口にできるようにしなければなりません。そうやって、私たちは私たちの世界を変えていきましょう。

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