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大阪城公園よろず相談

大阪城公園を中心に野宿者支援活動を続けている大阪城公園よろず相談のブログです。

第8回哲学読書会─―アリストテレス『形而上学 上』

活動報告

 今回の哲学読書会は、病欠の人もおり、Kさん、Sさんを交えた4人で行いました。

 一冊の本が「巻」で区切られているので、少しずつ小分けに読んでいけば、それほど難しくないのではと甘い考えで選んだところ、めちゃくちゃ難解でした。

 アリストテレスに限った話ではなく、どの哲学者の本を読む場合にも、理解しておかなければならない背景があります。この本は『形而上学』という本ですが、もともと「形而上学」というタイトルが付いていたわけではないそうです。アリストテレスの著作集がまとめられた際に、自然学にまつわる著作の後に並べられたものが「自然学(Physics)の次(meta)の著作」と呼ばれたことから、のちにこの部分が「形而上学=metaphysics」となったと言います。

 では、この本は形而上学について述べたものではないのかというと、そうではなく、やはりこの本に書かれたことがのちに「形而上学」という固有の単語となるような内容を扱っていればこそ、この本は「形而上学」であるようです。

 わからないなりに読んでいると、アリストテレスが、この世界について何か原因と結果を本質的(実体=ウーシア?)にとらえるような視点を求めているらしいことはわかって来ます(形相=エイドスと質料?)。アリストテレスプラトンイデア論を批判しているようですが、アリストテレスのこの志向も現実離れした壮大な構想のように思われます。しかし、なるほど、こういう超越的な世界の理解を求めるものが「形而上学」なのかなとうっすら感じられました。

 第五巻=哲学用語辞典では、どういう基準で選ばれたのかもよくわからない30もの言葉の解説がなされています。用語同士がどう関連するかもわからないし、個別の用語にしても何にどう用いられるのかよくわかりません。しかし、これらはアリストテレスが世界を把握するために必要だと考えぬいた概念なのでしょうし、これらを手がかりにした世界観が念頭にあるはずです。これらの用語を関連させる論理のようなものがあるのだと思います。

 そこで論理学です。アリストテレスの哲学者としての一番の貢献は論理学を構築したところにあるのだとか。『形而上学』の中にも矛盾律排中律というものが出てきて、Kさんによればこの二つがとても重要なのだそうです。このまま『形而上学』の下巻を読むのはちょっとしんどいなという気がしていたところで、次回は論理学についての基礎的な本を読むことに決めました。夜回りの時に次回の課題図書となる論理学の本について相談すると「いいのがあったのよ〜」と教えてくれました。

 というわけで、次の本はKさんが探してくれた一冊、コンディヤックという人の『論理学──考える技術の初歩』にしました。18世紀の経験論の哲学者で、ロックやバークリといった人たちへの言及もあるそうです。この本がたまたま昨年翻訳されたばかりで、下手な入門書を読むよりはこの本を読んだ方が後々の理解にもつながっていきそうです。

 

2017年3月5日(日)寄り合い──ちゃんこ鍋

活動報告

 朝から暖かな陽気で、大阪城公園は多くの来園者で賑わっていました。1月は新春交流会、2月の寄り合いがおでんと、テーマ性のある食事が続いていました。テーマ性のある食事だと気持ちの盛り上がりが違うので、どうせならこの冬最後に鍋で締めようと考えて用意をしたのですが、ちょっと場違いな雰囲気? 

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 しかし、食べ始める頃には少し薄曇りになり、用意した鍋もとても美味しくいただけました。

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 鶏肉ベースのちゃんこ鍋と豚肉ベースのキムチ鍋とふた通り用意したのですが、高年齢層にはキムチ鍋は今一つのようでした。いつもKさんが用意してくれる炊き込みご飯も美味しかったです。

 森ノ宮駅側・噴水裏の売店の工事はだいぶ進んでいました。

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 建物自体の占有面積はそれほどではないものの、かなりの樹木が伐採されていることになります。余った部分に再度植栽が施されるという雰囲気でもなさそうです。

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 この日のように溢れかえるような人出のある大阪城公園内に、芝生や樹木を廃してまで商業スペースが必要なのか疑問です。そういうものを求める人たちは最初からそういう場所へ行くはずです。

 もしお茶やランチを楽しみながら憩える場が求められている、そういう場所が商業的な収益性が高いというなら、もともと商業スペースであるところを緑化したり、景観を改善したりすることが本来なのではないでしょうか。

 

大阪市の不可解な「持ち去り」禁止条例案

その他

とつぜん発表された「持ち去り」禁止条例案・その問題

 2016年12月1日の毎日新聞において、大阪市が古紙などの資源ごみを無断で持ち去る業者を規制する条例案を議会に提案する方針を明らかにしたことが伝えられています。実際には条例の改正であり、元の条例は大阪市廃棄物の減量推進及び適正処理並びに生活環境の清潔保持に関する条例 というようです。

 「路上生活者らの自立手段を奪う可能性があるとして、空き缶などは今回の規制の対象にしない」とされていますが、今後規制対象が広げられる可能性があります。また、ダンボールや新聞などの古紙回収で生計を立てる野宿者がいることを考えれば、今回の条例案はすでに一線を越えてしまっています。

条例の根拠は「地域活動協議会」?

 今回の条例案を提案するきっかけとして、「地域活動協議会」なる団体の財源確保となる資源ごみが持ち去られていることが問題としてあげられています。吉村市長は「地域活動の財源確保に役立つ重要な施策だ」と述べ、規制の必要を強調したそうです。

 この「地域活動協議会」について調べると奇妙なことに気づきます。記事の中では「2014年から小学校単位のNPOなどでつくる」ものだと説明されています。大阪市のホームページを調べると、この地域活動協議会は市政改革プランに位置付けられ、政策的に推進されているものであることがわかります。

 地域活動協議会は201641日現在、合計325地域で形成されているそうです。これらの組織が資源ごみ回収に取り組み、ことごとく被害にあっているとなれば大変なことです。ところが、実際にここで問題とされているような方式で資源ごみ回収に取り組んでいるのは20ヶ所に過ぎないことが記事からわかります。また、その20ヶ所のうち何ヶ所に、どのくらいの頻度で、どの程度の被害が出たのかは記事からはわかりません。どのような状況で「持ち去り」の被害にあったのかもわかりません。

 「被害規模の問題ではない」との反論があるかもしれませんが、大阪市民の生活全体に影響を及ぼす条例の改正がこのような恣意的な根拠で行われて良いのでしょうか? 条例に定めずとも、回収方法や保管方法に留意することで解決を図れるように思われます。

短期間のパブリック・コメント

 この件に関して、大阪市パブリック・コメントを募集していますが、募集期間は20161214日から2017112日という短期間に、条例案発表から議決までの間に合わせのように実施されたものです。そして、集まった意見はたったの915件です。

 パブリック・コメントの中で、「「古紙・衣類を他者が無断で持ち去る行為が多発している」とあるが、どれくらい行為が多発しているのか」との質問に対し、大阪市市政モニターアンケートの結果をもとに「古紙・衣類等の持ち去り行為を8割以上の方が目撃したことがあるとの回答結果になっております」と答えています。しかし、回答者は「持ち去り行為」をどのように「目撃」したのでしょうか? どうやって「持ち去り」だと判断できたのでしょうか?

 ちなみにアンケートでは「古紙・衣類等」ではなく、「古紙・衣類・アルミ缶等」となっています。アルミ缶回収している野宿者を見かけたことを「持ち去り行為」と拡大解釈している可能性があります。

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市政モニターアンケートの悪用

 さらに、この市政モニターアンケートには「持ち去り行為」についての意識も尋ねており、その集計結果を見ると、「取りしまる必要がある」32.0%160人)に対し、「特に気にならない」28.4%142人)、「取りしまる必要はないが出来ればやめてほしい」39.6%198人)となっています。つまり、回答者の7割近くが取りしまりは必要ないと考えていることになります。

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「持ち去り」規制は失敗する

 「持ち去り」を規制し、罰則を設ける条例は以前から全国に見られるものですが、条例の目的に対して実際の対処方法がかみ合っていなかったり、地域のトラブルや対応コストを増やす結果に陥っているケースが多いように見受けられます(参考)。

 実際の条例案では「持ち去り行為」だけでなく、「譲受け行為」も規制対象としています。買取業者は持ち込まれた資源ごみが「持ち去り行為」によるものだとどうやって判断できるのでしょうか? また、目的と対象が抽象化されており、報道された際には見られなかった項目が付け加えられています。

 条例設置の本来の目的であった「悪質な持ち去り業者」よりも、目につきやすく差別的なまなざしで見られがちな野宿者が目をつけられ、時給にすれば100円にもならないような重労働によるわずかな稼ぎを奪われる結果に終わるのです(参考)。

 大阪市会の会議録を調べると、数年前から公明党市議が何度か「持ち去り」と規制に言及していることがわかります。20161130日の本会議の公明党の一般質問で、この件について触れられており、すぐさま条例案の提案が発表されたことになります。市政改革プランに埋め込まれた「地域活動協議会」を強引に口実として持ち出している点も気になります。

 この条例案は、20173月末の本会議で議案提出され、そのまま議決されてしまう可能性があります。市民の目に触れないところで、根拠も怪しい条例案が滑り込みで可決されようとしています。このずさんな条例案は、市民の関心が集まれば、まだ止められるはずです。皆さんの知恵と力を貸して下さい。

メモ

「条例で規制 大阪市が提案へ 」毎日新聞2016年12月1日 大阪朝刊 行政 めっちゃ関西

資料

 大阪市は30日、古紙などの資源ごみを無断で持ち去る業者を規制する条例案を、来年2月議会に提案する方針を明らかにした。罰則を設けることも検討するという。

 市家庭ごみ減量課によると、規制対象は古紙と衣類を検討。市は資源ごみを分別収集する一方、2014年から小学校区単位のNPOなどでつくる「地域活動協議会」が契約業者に回収してもらい、売却益の一部を協議会に還元してもらう仕組みを始めた。

 この方式は20カ所で採用されているが、無断の持ち去りが相次いでいるという。この日の市議会本会議で、吉村洋文市長は「地域活動の財源確保に役立つ重要な施策だ」と述べ、規制の必要性を強調した。

 ただ、路上生活者らの自立手段を奪う可能性があるとして、空き缶などは今回の規制の対象にしないという。【岡崎大輔】

 

古紙持ち去り:大阪市、規制条例案を提案へ 罰則も検討 - 毎日新聞

Yさんの葬式に寄せて

その他

 去る2017年1月の半ば、Yさんが路上死したという報せがあった。16日にお別れと出棺の場が設けられるというので朝から葬儀場に出かけた。

 Yさんはかつて野宿生活をしており、あちこちの現場にも顔を出して支援者とのかかわりも多い人だった。僕はこの機会まで知らなかったのだが、障害年金を受給しているため、野宿生活をしながらも、金銭的には余裕はあったらしい。

 いつもサングラスをかけ、すらっとした大柄な体格で、片足を引きずって歩いていた。ふだんは格好をつけた言動に振り回されてあまり意識していなかったが、思えばあのサングラスは視力に問題を抱えていたためだったのだろうと今さらながら気づく。

 しばらく前から生活保護を受給して暮らすようになっていた。最近ではどこでどうしているのかよくわからなくなっていた。風のうわさで「出現情報」を耳にすることがあり、相変わらずあちこち顔を出していたようだ。個人的には数年前、大阪市外へ向かう電車の中でばったり出くわして驚いたことを思い出す。

 生活保護を受給して、家もあるはずなのに路上死したという報せはショックだった。生活保護を打ち切られたのか、何らかのトラブルに巻き込まれたのか。真相はほとんど闇の中だ。

 お別れは当日の朝10時から30分間のみ。すぐに出棺となり、火葬場に運ばれる。少し早く着いて霊安室に案内してもらう。Yさんの本名はTさんだった。すでに数人が集まっていた。棺桶を横置きできる程度の幅の部屋が連なっていて、パイプ椅子が2列、8脚並んでいた。

 暴力をふるわれたのではないかと心配していたが、顔に少し血が付いているものの、打撲のあとや裂傷などは見られない。何かの拍子に転んで打ちどころが悪かったのだろうか。衣服は薄手のジャンパーかと思ったら、よく見ると検死の後に遺体をくるむためのジッパー付きの袋のようなもののようだ。お坊さんが来るわけでもないので、正確には「葬式」でもない。葬儀場の職員は約束の30分も経たないうちに早めに打ち切りたいようだっだ。亡くなった状況もわからず、身ぐるみもはがされて、形式的な「お別れ」の時間が設けられただけで火葬されてしまうのはあまりに哀しい。

 Kさんが棺桶の中に自作のビラを入れた。よろずも何かないかと探してみたら、保存用に取っておいた昨年の夜回りのビラがかばんの中に入っていた。自分たちのビラを棺桶に入れると、最後にYさんと言葉を交わせたような気持ちがして少しうれしかった。

 霊柩車が出る際、葬儀場の職員の人に合掌しての見送りをうながされたが、不十分なままに最後まで形式的に送り出させられるのに抵抗感があって、合掌するのはやめておいた。

 親族ではないわれわれは検死の結果を知ることもできない。仕事の都合で見送りの場にすら来れない場合もある。僕らにできるのは、野宿の仲間と当たり前の交流を続けていくことしかないのかもしれない。僕たちがお互いにいろんな人たちと関係を築く中にYさんも生きていた。僕たちが知っているYさんは、そのような関係の営みの中で笑ったり、怒ったりしていたのだ。それなら、この営みをこの先も続けていくことが僕たちにとってYさんの葬いでもある。この場所、この出会いを。

2017年2月12日(日)第7回哲学読書会──デカルト『方法序説』

活動報告

 今年初めての通常回の哲学読書会は、空気は冷たいものの快晴に恵まれました。今回、Sさんは仕事の都合で欠席、他にも数人が都合が合わず、全部で5人の参加者で行いました。

 ニーチェプラトンと来て、今回はデカルトの『方法序説』を読みました。Kさんの「薄くて読みやすいし、重要な本だから」というお勧めで選ばれました。

 確かに読みやすく、分量的にもコメントしやすかったのか、これまでになくざっくばらんに意見を出し合えたように思いました。読みやすいのも道理で、この本はデカルトが一般の読者に読まれることを意識し、ラテン語ではなく、彼の母国語であるフランス語で書いたものでした。

 デカルトが提唱する四つの規則、三つの格率に加え、全体として6部構成で展開していきます。「どうしてここで動物と人間を対比しているのか」「デカルトはラディカルなのか、保守的なのか読んでいてわからなくなる時がある」など、一人一人の意見について深めて考えていくと、デカルトがこの本を書いた時代背景、このように書かなければならなかった事情、そして、デカルトの人物像などについて、いろんな点について理解が深まりました。

 これから何を読みたいかについても話しました。フーコーの『監獄の誕生』を読みたい、アマルティア・センに興味を惹かれている、ドゥルーズも読みたいなど、個人的な関心から具体的な本や名前なども出てきていました。古典ばかりではなく、みんな運動に関わるような本を読みたいと思っているのではないかと、Sさん、Kさんも、気にしてくれているようです。しかし、もう少し古典を押さえておいた方がいいのではないかというKさんの勧めを受けて、次はアリストテレスの『形而上学』(岩波文庫)の上巻を読むことにしました。

 以前に書いたように、僕自身は個人的に『ツァラトゥストラ』を読んでみようと思っているところで、この読書会の最初の本に選んでもらった経緯があります。『ツァラトゥストラ』は、読み終わっても正直よくわからないところの方が多いように感じていました。しかし、よくわからないままでも一冊通して読むことで、次を読むためのヒントが得られるような感じがあります。それは、ある本を読む際に、前に読んだ本が直接的にヒントを提供するというようなものではありません。一冊を読み通す中で感じ続ける「さっぱりわからない」「意味がわからなくて読むのが苦痛だ」という経験であっても、次の本、また次の本と読み続けようとする中で、そうして自分の中で生まれた疑問や苦痛が少しずつ意味をなしていくように感じられるのです。

 実際、哲学書を読んでいると、いくつもおかしなところがあるように感じられます。とにかく一冊を読み通すことで、自分の勉強量や理解力が足りないだけではないのではないかという疑問が溜まっていきます。その疑問が考える力になっていくように思われます。今回の『方法序説』にも、現在の科学からすれば明らかにまちがったことが書かれていたり、四つの規則にしても、曖昧な部分が残されているように思えます。しかし、この本が面白いのは、デカルトが「自分自身まちがえやすい人間だ」「本当は死ぬまで人の目に触れさせたくないが、後世でいらぬ誤解を増やしたくないから刊行に踏み切った」などと述べているところです。

 読書メモを取っていると僕は、「この人はなぜこんなことを言ったのか」「どういう社会でどういう境遇におかれていたのか」というようなことばかり考えてしまっています。これは『ツァラトゥストラ』の時からずっとそうです。その著者の思想を理解するという大変な作業から逃げて、表面的な考察でお茶を濁して取り繕っている薄っぺらい理解なのではないかと思える時があります。

 しかし、とりあえずそのよう薄っぺらい理解からでも、始めなければ何かを得るチャンスにすら出会えません。結果としてこれが、「哲学」の本筋からすれば、表面的な考察に過ぎなくとも、続けていれば自分にとって大切なものが学べそうな気がします。思想としての哲学を学ぶと同時に、哲学という行為を学ばなければならないということかもしれません。

2017年2月5日(日)寄り合い──おでん

活動報告

 今回の寄り合いはおでんにしました。一昨年の年末に大変好評だったことから、冬の定番になりそうです。

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 雨が降りそうだということで、前日に急遽購入したテントがデビューしました。晴れの日にも張りたくなります。重量があるので運搬が課題です。

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 少し雨が降っていましたが、寄り合い中はテントを張るほどでもありませんでした。哲学読書会が雨に降られやすいのと対照的です。地脈がどうとかいう話から、Sさんが野宿中に経験した(している)霊障や事件などについてお聞きしました。

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