大阪城公園よろず相談

大阪城公園を中心に野宿者支援活動を続けている大阪城公園よろず相談のブログです。

第15回「センターの日」のお知らせ

「センターの日」はセンターで過ごそう!

 闘うことと生きることと地続きだ!

 ──ただし、この闘いに参加するためにはセンターに行かねばなりません。

 釜ヶ崎で生きること自体がもともと階級闘争を生きることだったのだとすれば、その階級闘争が今度はジェントリフィケーションという姿で現れたというだけの話です。

 「センターの日」はセンターで過ごしましょう。

 不要になった古本があればお持ちいただけると助かります。おいしいコーヒーが付いてきます。

場所・日時のご案内

 JR新今宮駅西口から地上に出て、国道の向かいのあいりん総合センター正面付近で、2019年1月19日(土)13時から16時に実施します(毎月第三土曜日)。ブルーシートとこたつ、コーヒーの焙煎の匂いを目印にお越し下さい。

これまでの「センターの日」

 これまでの報告はこちらです (第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回 第10回 第11回 第12回 第13回 第14回)。

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2018年12月15日(土)第14回「センターの日」──不法占拠と都市のコモンズ

第14回のあらまし

 2018年最後の「センターの日」では、映画上映と横断幕作成を試みました。

映画上映『太陽の墓場』

 映画上映は、バッテリーで2時間使えるプロジェクターに携帯式スクリーン、これもまたバッテリー電源で使えるスピーカーを用意して行いました。上映したのは第一次暴動の前年に釜ヶ崎を舞台に制作された『太陽の墓場』でした。

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 腰を落ち着けて映画を観ていく方もおられたものの、入れ替わり立ち替わりでした。寒さのせいか、1階に人が少なかったこと、16時近くなるとシェルターや炊き出しに並ぶために離れざるを得ないことが影響していたと思われます。

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 また暗くなるのが早いのも気になりました。そこで「センターの日」の開始時間を次回から冬の間は13時~16時に変更することにしました。

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 2019年1月の「センターの日」は新世界を舞台とした1996年の映画『ビリケン』が候補に挙がっています。

横断幕作成「青い鳥がここにいる どこに行ったらええねん」

 「センターの日」のメッセージを考えてみようと横断幕作成を決めました。初めての試みであり、何を書くか悩んでいる時間が長かったものの、とりあえず完成させることができました。実際に文字を書きはじめると立ち止まって眺める人もおられました。

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 また、何を書くか検討している時に、コーヒーに並んでいる人たちにメモ帳片手に意見を求めたりもしました。思わぬところに食いついたり、異論があったり、交流のメディアとして楽しめました。

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 第15回では横断幕を展示するので、ぜひお立ち寄りください。

コーヒーと古本

 温かいコーヒーはふだんと変わらずに楽しんでいただけたようです。センターに布教活動で来ている女性が常連になっていて、「ここのコーヒー美味しいわ! 喫茶店より美味しいな!」とみんなに勧めてくださり、笑いを誘っていました。

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 古本コーナーはあいかわらず人気で、開始直後に毎回来てくださる方もいます。ふと立ち寄って「もらってええの?」とごっそり持っていく人もいました。

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 追加した分と合わせて3箱あったものが終わる頃には2箱にまとまりました。釜ヶ崎の労働者の知識欲の強さがよくわかります。

「センターの日」のめざすもの

 映画上映、横断幕作成、古本コーナーなど、コーヒーを飲みながら、その場にいるだけで楽しめるような時間をセンターに作り出せないかといろいろ試しています。

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 というのも、労働者にとってセンターとはもともとそういう場所だと思うからです。

新しい公共性とコモンズ論

 ひと昔前の「新しい公共性」の議論の登場にともなって、担い手問題の解決策としてコモンズ(共有地)が注目されるようになりました。一方、ジェントリフィケーションを「都市のコモンズ」を拠点として形成する階級闘争として位置付ける議論があります。

 コモンズとは、里山や放牧地など、共有されながらも誰の所有にも属さない土地のことを指します。また、資源に余裕があり、そこから得られる利益を分かち合う余裕のあるところに成立する仕組み(ルール)を含むこともあります。

 「新しい公共性」という言葉とともに注目されたコモンズの議論は、市民参加を取り入れる際の公有地の管理(ルール)の問題にすり替えられ、人びとに共有されるコモンズがどのような場所であるのかが見落とされてしまいました。

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 コモンズとは本来「ゆるい共有地」、つまりほどほどに放置されながら共有されていた場所に時間をかけて形成されていった仕組みだったのだと思います。言ってみれば、コモンズとはそもそも不法も合法もないような放置された状態の利用から始まるものです。

 野宿生活をする仲間がいる場所は、都市の隙間的な空間であり、河川敷や橋の下のような、これといった使い道の定まっていない空間です。そこを誰かが私用していたとしても、管理の手間に見合うメリットがないために放置されます。ゆえに、持たざる者が「そこそこ放置された空間」を利用する(住み着く)ことで、ようやく人間らしい暮らしを取り戻していく拠点となります。それは時に「不法占拠」と呼ばれます。

 「不法占拠」とは「都市のコモンズ」であり、最初から奪われている者が権利を取り戻すための「生きながらの階級闘争」ととらえることができます。

都市のコモンズにおける「センター」

 そういう意味では釜ヶ崎自体が都市のコモンズであり、「不法占拠」から発しながら、労働者が奪われた生活の権利を取り戻す場所となっていったのだと考えられます。このような「階級闘争」を通して、夜間シェルターや禁酒の館は、合法的な居場所として獲得されたといっても過言ではありません。

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 しかし、一つ二つ合法的な居場所を確保したところで、圧倒的な剥奪状況は解消されていません。釜ヶ崎の労働者には未だ都市のコモンズを形成して階級闘争を行う権利があります。都市のコモンズ=「不法占拠」を展開するうえで、センターは占拠のあり方として独特な位置にあるように思われます。

 「最初から奪われた者たち」の権利回復は、都市空間に滲み出し、コモンズを構築することで交渉の掛け金を作るところにあります。路上にあっても野宿の仲間は生きるために働いているのはもちろんです。センターにおいては「労働者でありながら野宿せざるをえない」というように、センターにあってはそこにいることが労働者としての権利を主張することと重なってきます。

ジェントリフィケーションと都市のコモンズ

 ジェントリフィケーションとは、貧者の追い出しをともなう地域の再開発のことを言います。再開発にかかわる人びとは「貧者にこの場所を奪われてきた」という報復感情を抱いています。

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 釜ヶ崎は、日本の高度成長期を支えるために政策的に作り変えられた街であり、その頃には日本全国から労働者が集められました。しかし、集まった労働者はただ都合よく使われるのではなく、ここに都市のコモンズを作りだしたのです。

 そうしてできた街から、同じ労働者を今度は追い出そうとしている人たちがいます。釜ヶ崎で生きること自体がもともと階級闘争を生きることだったのだとすれば、その階級闘争が今度はジェントリフィケーションという姿で現れてきたというだけの話です。

「センターの日」はセンターに

 現センターが閉鎖されたとしても、労働者はどこかに身を置かねばならず、「放置された場所」を見つけて潜り込むはずです。そこがどこになるのかはまだわからないにしても、必ず「そこ」を見出します。

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 仮移転先のセンター、本移転予定のセンターがどのようなものになったとしても、労働者の置かれた窮状は変わらないし、この闘いは生きることと地続きです。状況がどのように変わろうと、「その場にいるだけで自分たちのものであるような空間を作り出す」ものとして「センターの日」を続けることが、労働者によりそう形を作り出す可能性を私たちは見据えています。

 釜ヶ崎の外で野宿者支援に取り組んでいた私たちが「釜ヶ崎回帰」して始めた「センターの日」は、野宿者運動の中で学んだことを寄せ場に返すものでなければいけません。「不法占拠と都市のコモンズ」という視点を、その一つとして提案したいと思います。

2018年12月29日(土)年越しそば

 2018年最後の寄り合い仕舞い、年越しそばを行いました。

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 16時頃から準備をはじめて、開始時間の17時にはすっかり暗くなっていました。ガラガラの商業施設を尻目に、市民の森の暗がりの中でポケットライトを灯してそばを食べました。

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 焦がしねぎが良かったのか、揚げ物類が良かったのか、驚くほどそばが美味しく、凍えていた体も芯から温まりました。

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 バッテリー駆動のプロジェクターとスクリーン、ノートパソコンを用意して、1930年代のアカデミー賞受賞の名作『シマロン』を上映しました。「誰のものでもない土地」を取り合う開拓時代から大都市が出来上がるまでの歴史をなぞる叙事詩でもあります。

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 いつもはあちこちで寝ている仲間も一堂に会して楽しいひと時を過ごしました。一人一人が自分の居場所をもっていて、そこを訪れ続けることがその場所と場所をつないでいき、都市につながりが浮かび上がらせることをほのかに実感させられます。

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 2019年もこのつながりを大切にしながら大阪城公園よろず相談の挑戦を続けていきたいと思います。

カンパのお願い

 大阪城公園よろず相談の活動に賛同いただける方はカンパにご協力いただけると幸いです。以下の口座まで振り込みをお願いします。活動に関心のある方は一声おかけ下さい。夜回りや寄り合いのほか、哲学読書会やソフトボール大会などの活動も行っています。

郵便振替

記号14080
番号32204771
大阪城公園よろず相談

郵貯以外からの振り込みの場合
店名 四〇八(ヨンゼロハチ)
店番 408
預金種目 普通預金
口座番号 3220477

2018年12月20日(木)夜回り・ネズミ退治外伝 管理会社との戦い──水道料金編①

ネズミ退治外伝 管理会社との戦い──水道料金編①

 数回にわたってお届けしたイタチごっこ・ネズミ退治シリーズの裏には悪徳管理会社との戦いがありました。

 うちの賃貸マンションは所有者がよく変わるようで、住みはじめて10年のあいだでも2度変わっています。最初の管理会社は「A社さんなら安心ですよ」と不動産屋が太鼓判を押していましたが、変わるごとに管理会社のダメさ加減が増していきました。

 2016年7月から管理を引き継いだC社は2ヶ月に1回の水道の検針をさっそく忘れました。ふだんと比べて請求額が多すぎるので問い合わせると「検針がひと月遅れになったため、3ヶ月分になっている。次回の請求額は1ヶ月分だけになるので、平均すれば“ほぼほぼ”同じ額になると思います」との回答です。

 一つ前のB社もいいかげんな会社でしたし、いきなりミスをやらかすC社もすぐには信用できません。3ヶ月分の請求額だとしても高すぎるように思われました。そこで水道料金の振り込みは次の請求まで保留しておき、翌月、4ヶ月分の水道料金を確認したところ、明らかに過大請求であるように思われました。

 ふたたびC社に問い合わせ、B社から引き継いだ時の検針の数値、ふだんの1ヶ月遅れ時点での数値、今回の数値を聞き出しました。今度はインターネットで大阪市の水道料金表を探したり、水道局に問い合わせたりして、水道料金の試算方法について調べました。

 戸別の水道料金は現在、水道局が検針して1ヶ月ごとに請求されます。ただし、マンションのような集合住宅の場合、集合住宅単位の水道局の検針・請求に対して管理者が支払い、入居者それぞれから徴収するやり方もあります。この場合、入居者への請求は2ヶ月ごとにまとめて行っても構いません。

 ただし、注意が必要なのは、大阪市の水道料金は使った量が多いほど高くなるように設定されているところです。大阪市の水道料金の試算表は1ヶ月単位の料金を算出するためのものであり、これに2ヶ月分をそのまま当てはめてしまうと、2ヶ月分の平均額を足した額(2か月分÷2×2)よりもかなり高くなります。それどころか、A社は3か月分の使用総量を1か月分の料金表で計算して、素知らぬ顔で請求してきていたのです。(つづく)

年越しそばのお知らせ

 2018年12月29日、夕方5時より、年越しそばで忘年会を開きます。いつも寄り合いをしている市民の森でお待ちしています。今年最後の四方山話で盛りあがりましょう。

第14回「センターの日」のお知らせ

問いかける言葉を探して

 この一年かけて、労働者が置かれた状況、労働者の思いを理解してきました。今私たちは労働者に問いかける言葉を探しています。

 この言葉は、労働者に問いかけるものであると同時に、私たち自身の考えを問うものでもあります。私たちは共に立つことで切実な本音を見出せる場所を探しています。私たちはその場所がどこかは知っているはずなのに、まだそこに立つことができずにいます。

 これからは労働者との関係を作ることをより意識していきたいと思います。未来に何かを願えるとすれば、関係が紡ぎ続けられた先にしか見出せないはずです。

場所・日時のご案内

 JR新今宮駅西口から地上に出て、国道の向かいのあいりん総合センター正面付近で、2018年12月15日(土)14時から17時に実施しています(毎月第三土曜日)。ブルーシートとこたつ、コーヒーの焙煎の匂いを目印にお越し下さい。

これまでの「センターの日」

 これまでの報告はこちらです (第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回 第10回 第11回 第12回 第13回)。

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2018年12月6日(木)夜回り・サンタ服の人達帰る日が落ちた公園

(尾崎放哉の句「青服の人等帰る日が落ちた町」をもじって・・・)

 こんばんわ、よろず相談です。

 2025年大阪万博が決まって、なんともいえない憂鬱が襲ってきました、といえば非国民のそしりをうけてしまいそうです。テレビも新聞も諸手を挙げて騒いでいるのに、なんだか気が乗らないことこの上ない心境です。

 先日の寄り合い(12月2日)の日は、ここ数年恒例化しているサンタランの日でした。サンタクロースの衣装を来た人々をたくさんみかけました。楽しそうというより、なんだかな、と思ってしまうまたまた招かれざる客のよろず相談です。難病の子どもにクリスマスプレゼントを贈るチャリティイベントらしいのですが、それを知ってもますますどうも気が乗らない。善意というものがみんなおそろいのサンタの衣装の形をとって表現されている気持ち悪さもあり、単に衣装もったいない、というのもあり、ハロウィンだのクリスマスだのマラソンだのトライアスロンだの、オリンピックだのイルミナージュだのカジノだの屋台村だのなんだのかんだの、あちこちで鳴り響く狂騒曲に耳を塞ぎたくなります。ただ静かに暮らしたい!

 活性化活性化と、騒ぎ立てないでくれ!「立ち止まらないでください」とはよく言ってくれたものです。「ここは寝るところではありません」「座り込み禁止」などなど停滞を禁止する文言が町中に溢れていませんか。

 立ち止まりたいし、寝たいし、座り込みたい・・・活性化したくない!

 活性化こそ国民の義務!タダ意味もなく立ち止まる、寝る、座り込むなどの停滞を引き起こす行為は、罪だー。禁止だー。

 けれどまただ、無為に生きているという、それもまた、人のありようではありませんか。

2018年11月17日(土)第13回「センターの日」──問いかける言葉を探しています

 2017年11月からはじめたこの「センターの日」も一年が経ちました。労働施設の仮移転にともなうセンター閉鎖の期限が具体的に示されたのがこのころでした。

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 大阪市内の野宿者支援に取り組む私たちにとって、釜ヶ崎は必ずかかわりのある場所でありながら、活動の中心ではありません。しかし「センターがどうなるかわからない」という時に、何もせずにいることはできないと思ってはじめたのが「センターの日」です。

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 センターという場を借りて勝手にはじめた「センターの日」。「フロアにいきなりこたつを設置してもすんなり受け入れてしまうのがセンターではないか」という予測がありました。大学の先生が行う聞き取り調査やグループワークのような改まった形ではなく、まずセンターの日常に入れてもらえるようなかかわりを考えました。

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 月に一回、数時間の取り組みで「センターの日常にかかわっている」と言えるのかという懸念もありました。今年の6月からは一人ひとりにお話をうかがいに出向く「昼回り」もはじめました。たかが月に一回、しかし、「次回のセンターの日はどうしよう」と考えているうちに一ヶ月が経つというふうに、私たちの日常のなかでセンターとのかかわりを意識した時間が繰り返されるようになりました。

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 「センターの日」のなかで、「自分たちが悪いんだから仕方ない」と否定的な言葉ではじまるけれど、その次からは溢れるようにいろんな考え、いろんな経験を聞かせてもらうことができました。なんとかして今を生きている労働者がここにいるのに、未来の計画がやたら前向きに語られるという落差が感じられるようになりました。

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 一年が経つうちに、労働者のみなさんが置かれた状況、みなさんの考えや思い、社会の動きとのすれ違いを少しずつ理解することができたように思います。しかし、理解が深まれば深まるほど、答えのわかっている問いかけはできなくなってきました。

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 今必要なのは、労働者のみなさんの胸の内にある言葉を見つけ出すことではなく、労働者のみなさんが今生きている切実さの現在をぶつけたくなるような「問いかける言葉」を、私たち自身が探すことだと思います。釜ヶ崎の労働者を排除している壁をこちらから破るための言葉を探しています。