大阪城公園よろず相談

大阪城公園を中心に野宿者支援活動を続けている大阪城公園よろず相談のブログです。

2017年11月18日(土)第1回「センターの日」──労働者の目線から見えるもの

「センターの日」スタート!

 先日お伝えした第1回「センターの日」を実施しました。昼すぎまで降った雨も、リアカーで荷物を運ぶ頃にはあがり、曇り空ながら風のない暖かな天気となりました。新今宮駅の向かい、釜ヶ崎のセンターのまさに正面にこたつを設置しました。

 手探りの見切り発車で、目的も今ひとつはっきり説明できない、押しつけがましい取り組みに、労働者からの反発を買うのではという懸念もありました。ところが、こたつを設置するや否や、労働者たちが「なんやなんや」と集まってきました。慌ててビラを取り出し、手渡しながらスタートを切りました。

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労働者との交流から

 こたつにもすぐにお客さんが現れ、終了までの2時間弱のあいだ、途切れることがありませんでした。豆から挽いて淹れるコーヒーがとてもよろこばれ、これは「センターの日」の売りになると確信しました。何冊か用意した書籍のうち、ある人は『釜ヶ崎のススメ』を食い入るように読み進めていました。「わしこう見えても本読むの好きやねん。歴史が面白いわ」と笑顔を見せてくれました。釜ヶ崎生活保護を受けているのだが、一人でずっと部屋にいると精神的に落ち込んでしまう。センターや三角公園で、昔の仲間に会えるのは自分にとってとても励みになると語ってくれました。

 こたつには入らないまでも、自転車を停めて遠巻きに見ている人にもビラを渡しました。その中から、現役の労働者のお話も聴くことができました。

センターが潰されたら仕事をどこで探せばええんや。どっか遠い飯場に入るしかなくなる。一人でドヤにおってもつまらんから、友だちとしゃべってセンターで過ごしてる。そういうこともできなくなると思うと、センターが潰されたら、どうやって生活したらええんやろう?

 「こんなことやって何の意味があるのか」と取り組みに批判的な意見も聴きました。しかし、お話ししていると、この人にとってもセンターが重要な場所であることはよくわかりました。大学が委託されてやっている調査のこと、路上やセンター構内の管理について、状況を細かに把握し、分析したうえでの考察は大変興味深いものでした。

 終わりまでずっとこたつの周りにいてくれた人たちは「次は12月の16日やね?」と、すでに心待ちにしてくれていて、始めたばかりの「センターの日」を続けていく後押しとなる言葉をいただきました。

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労働者の目線から見るセンター

 集会でも街宣でもなく、寄り合いという形でセンターに滞在してみると、これまで気づいていなかったセンターの当たり前の姿が見えてきました。労働者にとってセンターは、生活と地続きな、仕事探しの場であり、仲間と交流する場であり、また「何か面白いことはないか」とのぞいてみる場所でもあります。スーパーに買い物に行った帰り道に、センターの1階を通り抜けてアパートやドヤに戻る、街路の一部でもあります。

 よろずがふだん行っている寄り合いがそうであるように、路上や公園はさまざまな出会いを生み、関係を育む原初的な空間なのだという思いを強くしました。また、雨が降っても屋根があるセンターは、そうした公共空間のうちでも特異な場所です。

 狭いアパートやドヤでは友人と語らうことも難しい。部屋にこもっていると息苦しくなる。釜ヶ崎の路上がいつも人で溢れかえっている要因の一つに、このような居住環境があります。しかし、釜ヶ崎の風景は、仕方なしに屋外に出ている縛りを超えて、開かれた社交空間となっています。そのような社交空間を、労働者たちは日々の生活を通して作り出しており、センターや三角公園はまさにその中心になっています。

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労働者の中に元からあるオルタナティブ

 行政と手を結んで進められる「まちづくり」の中では、「反対ばかりしていないで、対話のテーブルについて欲しい」という呼びかけが聞かれます。対話のテーブルにつかず、具体的な提案をしないのは無責任だというわけです。「西成特区構想」による「まちづくり」が、どうしても「釜ヶ崎潰し」、つまり労働者の街を潰そうとしているように見えてしまうのは、労働者の声、生活保護受給者の声、野宿者の声を聴こうとしているとは思えないところにあります。

 釜ヶ崎という街の釜ヶ崎らしさ、釜ヶ崎の街に息づく人情や共同性、よそには見られないエネルギーがあるとすれば、それは労働者たちの生活の中から生まれたものに他なりません。オルタナティブはすでに労働者たちの中に存在し、生き続けているのに、それに気づかずに、どうして釜ヶ崎の「まちづくり」ができるのでしょうか。

 「センターの日」では、ありのままの労働者の話を聴ける時間と場所を継続的に作り出すことで、私たちに見えていない「労働者の中に元からあるオルタナティブ」の実像を知っていきたいと思います。手をこまねいている場合ではないこの状況で、静かなこの取り組みに、多くの方のご参加とご協力をお願いいたします。

カンパのお願い

 大阪城公園よろず相談の活動に賛同いただける方はカンパにご協力いただけると幸いです。以下の口座まで振り込みをお願いします。活動に関心のある方は一声おかけ下さい。夜回りや寄り合いのほか、哲学読書会やソフトボール大会、「センターの日」などの活動も行っています。

郵便振替

記号14080
番号32204771
大阪城公園よろず相談

郵貯以外からの振り込みの場合
店名 四〇八(ヨンゼロハチ)
店番 408
預金種目 普通預金
口座番号 3220477

毎年恒例の野宿者交流ソフトボール大会を開催します

 2017年12月3日(日)、毎年恒例の名古屋と大阪の野宿者交流ソフトボール大会を開催します。

 今回は大阪城公園内の野球場が確保できなかったため、西成公園で行います。西成公園には野球場とグラウンドの2面あり、木津川寄りのグラウンドを利用します。昼すぎまで別の団体が使っているということなので、12時から昼食をかねた交流会、試合は14時よりはじめます。

 昼食には大阪城公園料理長・Aさんが采配をとって、特製の芋煮を用意する予定です。ずんどう鍋で仕込む芋煮は、家庭では味わえない深い味わいがあることでしょう。

 試合終了後にもアルコールも交えた簡単な交流会をしたいと思います。途中参加、途中退場もどうぞお気兼ねなく、飛び入り参加も歓迎でどなたでもお待ちしております。

 今年も12月の開催となってしまい、寒いなかでのご足労、心苦しい思いもありますが、寒さを補って余りある楽しい時間を共に分かちあいましょう。

ブログをお読みの皆様にカンパのお願い

 今年も越冬シーズンとなりました。このソフトボール大会に加え、よろずを含む三公園では「センターの日」という新たな取り組みにも着手いたしました。 この社会に誰も排除されない場所を作り出すべく、手弁当のアイデア勝負で、日々さまざまな取り組みを行っています。よろずの活動にカンパによるご協力をいただけると、なお幸いです。皆様のお気持ちをお願いいたします。

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「センターの日」始めます

 2017年11月18日(土)より、釜ヶ崎のセンターで、毎月定例の「センターの日」をはじめることにしました。私たちは、2000年前後に大阪の路上で、公園で、野宿者に出会い、現在まで支援活動を続けてきました。たった5年で怒涛のように進行した「西成特区構想」が、実質的な「釜ヶ崎潰し」であると感じながら、私たちは長いあいだ手をこまねいていました。

 私たちが現場で出会ってきた人たちは、排除の前で投げやりな言葉を口にすることがあっても、自分の力で生き抜くことを決してあきらめない人たちでした。そんな本音を私たちが聴くためには、時に無力感にさいなまれながらも、関わり続けること、私たち自身があきらめないでいられるかどうかにかかっています。明日からも野宿生活を生き抜かなければならない当事者と支援者とでは、排除に向き合う切実さが異なります。そうした立場の違いは乗り越えられません。しかし、あきらめないことで、同じものに向き合うことはできるはずです。

 私たちに何ができるかわかりません。しかし、これまで学んできた寄り合いの可能性を信じ、労働者の本音を聴き取れる関係を作るために、センターに集まりたいと思います。それこそが私たちが始めに出会った「寄せ場」本来の力でもあるはずです。手をこまねいている場合ではない今この時、毎月まんなか・・・・の週の土曜日に実施する「センターの日」に、ご参集下さい。

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2017年11月12日(日)寄り合い──「見守りカメラ」って何?

 10月28日(日)に予定していた寄り合いが、台風通過のタイミングと重なったため中止となりました。多少の雨風はタープテントでしのいで実行しようと様子見をしていましたが、何も警報が出ているような荒天でやることはないと中止にしました。中止の告知をする頃には、大阪城公園のみんなも台風から逃れるためにすでに避難しているようでした。

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 約2ヶ月ぶりの寄り合いは、ふだんより参加者が多く、かつてよろずの主要メンバーとして活躍していたGさんも顔を見せてくれて、大変な賑わいとなりました。

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 9月の寄り合いの翌日に救急搬送されて、入院生活を続けながら生活保護の手続きを進めているMさんも、外出して参加してくれました。

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 寄り合いでは、12月3日(日)に予定している恒例の交流ソフトボール大会のほか、11月18日(土)に計画中の「センターの日」について打ち合わせしました。

 いつもなら15時過ぎにお開きになる寄り合いが、この日は17時過ぎまで続きました。

 東屋跡のアスファルトの広場では、一輪車のチームが練習をしていました。市民の森の真ん中の通りでは、やはりいつもの拳法(?)のグループが練習していました。公園の風景は公園に集う人たちが作るもので、市民の生活の一部なのだと思います。

 公園の風景は少しずつ変わっていきます。樹木や建造物の有無が、その変化を水路づけるようなところがあります。東屋が撤去された跡に設えられた無骨なアスファルトも、一輪車の練習をするには最適なスポットかもしれません。

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 東屋の撤去の口実とされた新設トイレには監視カメラが付けられています。この監視カメラは「見守りカメラ」などとアピールされていました。公園のトイレに監視カメラがあることを疑問視する利用者の声に対抗したのか、それとも「ここに監視カメラがある」とまさに脅すためなのでしょうか。

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 トイレが新設された当初には監視カメラなどなく、2017年5月頃に設置されたことを記録しています。この時点ではもちろん「見守りカメラ」の掲示はありません。また、監視カメラを管理しているのはパークセンターではなく、公園事務所のようです。

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 公園内の壊れた設備は放置されているのに監視カメラの整備には余念のない「公園管理者」たちに、はたして市民の顔が見えているのでしょうか。

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 いつもお世話になっているHさんから多額のカンパをいただきました。ありがとうございました。

カンパのお願い

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2017年11月9日(木)夜回り・これが本当のイタチごっこ!

 野宿生活で、アリやムカデ、蚊などに悩まされる話をお聞きします。珍しいものでは川ガニ、お濠に生息するヌートリアには名前をつけて可愛がっている強者もおられます。うちはマンションの4階なのですが、最近イタチに悩まされています。

 エアコンの配管を通すために開けられた穴を広げて室内に出入りし、食べ物を食い荒らしています。昼間や室内に誰かいる時は天井裏に引っ込んでいて、駈けまわる音がします。一度プラスチックのケースで穴を塞いでみたところ、ケースには歯が立たないものの、石膏ボードそのものを食い破って侵入してきました。

 穴を観察してみると、どうやら配管の通っている壁のところだけコンクリートがしっかり打たれておらず、そこが天井裏とつながっているようです。天井裏につながる隙間はそんなに大きくないのでペットボトルを潰して詰めてみました。簡単には食い破れないものの、ペットボトルをかじるカリカリという音が一晩中聞こえます。アルミ缶を潰したものと入れ替えてみたところ、ようやくあきらめた(?)ようです。「イタチごっこ」の意味が身にしみた出来事でした(やれやれ……)。

2017年11月1日(水)第12回哲学読書会『笑い』(2)

honto.jp

 前回に引き続き、平凡社ライブラリー版のベルクソン「笑い」に併録されたフロイト「不気味なもの」とジリボン「不気味な笑い」を読みました。

 このような取り合わせでの訳出となったのは、無名なジリボンの論考を訳者がたまたま見出したためだそうです。ジリボンは、ベルクソンの「笑い」とフロイトの「不気味なもの」を照合しながら、ベルクソンの思想を「枠」という観点から読み解いています。

 ベルクソンの論考もフロイトの論考も、実際の悲劇や喜劇を題材に組み立てられているため、それらの作品を知らない者には十分な理解が難しいように思われました。それでも興味深いのは、ベルクソンが「笑い」の生起するメカニズムとその社会的機能に着目している点でした。続いてフロイトを読むと、面白いことに、人が「不気味さ」を感じる状況は、「笑い」が生じる場合といくつかの共通点を持っていることがわかります。

 同じパターンをたどりながら、一方で「笑い」が起こるのに、もう一方で「不気味さ」を抱かされるのは何故なのか。認識主体の立ち位置と、その事態を取り巻くパターン(枠)が見えているかいないかが分かれ目であるようです。このように考えると別段難しいことを言っているわけではなく、ジリボンの書き方はわざとわかりにくくしてあるだけのように思われます。

 ついつい単純化してとらえてしまいそうになるところで、Kさんがさらにこだわって考えを述べてくれます。「笑い」は、単に状況から距離をおいた客観的な認識から起こるのではなく、広く共有される感情であり、それが一瞬「枠」の揺らぎによって「不気味さ」に変わりそうになったところで、再び「笑い」に戻る円環に意味があるのではないか。一方フロイトの「不気味さ」は円環をなさない一義的な考察に終わっている。

 ニーチェが「笑い」や身体的なことを肯定的にとらえていたように、「笑い」にも実在に触れるための芸術性が見出されているはずです。悲劇において抱かれる感情は一点に凝集していくのに対し、喜劇で共有される「笑い」は凝集したものを拡散するものです。それゆえ芸術性の低いものと思われがちなのですが、拡散するものでありながら、共有される範囲はもっとも広い感情かもしれません。ジリボンはベイトソンダブルバインドの事例を引きながら、「あそび」と「ふり」という視点を提示します。「あそび」と「ふり」が成立する兆しがどこかにあるはずだが、それは見えにくい。しかし、「笑い」はそこに何らかの兆しがあることを示唆します。「笑い」には、モノとしては見えない実在の姿を、コトとしてとらえる行為なのではないでしょうか。

 正直わからない部分は多いものの、ベルクソンの奥深さが感じられたり、名前は知っていてもなかなか読む機会のないフロイトの思想に触れられたりと、面白い一冊の経験となりました。

 読書会後の交流では、Kさんがもともとお寺の子どもで、仏教を理解したいという動機から西洋哲学にも触れだしたのだというお話も聴きました。Kさんは現在、仲間と2人で週1回ペースで『十牛図』という禅の解説書を読み込んでいるとのことです。

 次回は、悲劇と対比される喜劇を主題としつつ、ニーチェが想起されたこともふまえて、ニーチェの『悲劇の誕生』を読んでみることにしました。

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2017年10月26日(木)夜回り・大阪城公園よろず相談瓦版

 こんばんは。大阪城公園よろず相談です。長い秋雨があり、台風21号が上陸し、大阪も大変な雨と風でした。大和川が氾濫しました。台風上陸の真っただ中、衆議院選挙も行われ、選挙と台風の速報と警報でメディアは大忙しだったようです。
 今回は南の大和川でしたが、大阪城公園も寝屋川が流れていますし、夜回りのときに、豪雨の際は、寝屋川の水位がみるみるうちに上がって、大慌てで避難した、という話も聞きます。
 大阪はもともとほとんどが内海で、大和川が繰り返す氾濫のために土砂が流れて湿地が広がり、数々の歴史的な治水工事を経て今の大阪になったとのことです。上町といえばええとこ、というのも川が多く、洪水が多かったゆえんでしょうか。

緊急告知!!ーー恒例名古屋VS大阪
 ソフトボール大会開催近づく。今回は大阪城公園の野球場がとれず、西成公園でやります! 有志求む。