大阪城公園よろず相談

大阪城公園を中心に野宿者支援活動を続けている大阪城公園よろず相談のブログです。

釜ヶ崎センター開放闘争に寄せて

釜ヶ崎センター開放闘争に寄せて

 かつて公園や路上を埋め尽くしたブルーシートはいまや街中歩き回ってもほとんどみかけることができない。貧乏人によって街を占拠されたと考える人々が、金と権力をもってしてブルーシートを駆逐したからだ。

 15年以上前、私たちは大阪中に広がったテント村に入り、多くの野宿労働者に出会った。当時、バブル崩壊後の釜ヶ崎では日雇い仕事が激減し、生き抜くために労働者は公園や路上、河川敷に自力でテントを張り、アルミ缶や廃品回収などの自主的な労働を営んでいた。私たちは彼らの生命力に圧倒されながら、テント村に入り浸った。そこには、豊かな生活力と、知識、技術、工夫、そして自主的な共存の空間があった。その後、テント村は解体され、共存の空間は更地になり、資本家に売り飛ばされた。人々は散り散りになり、自主的に生きる場所はもうどこにもない。

 けれども私たちは、街の片隅で小さな寄り合いを続ける中で、ひとりふたりと、また出会い始めた。そして、今日、寄せ場へと、センターへとつながってゆく。

 

 自分たちのことを考えてみよう。私たちは誰のために生きているのだろう。政治家や資本家のためにあくせく働き、そして稼いだ金を使う。このように生きる以外に選択肢はないのか?釜ヶ崎の日雇い労働者は自らの肉体を使役させて日銭を稼ぎ、すっからかんになるまで使い切る。釜ヶ崎の労働者と私たちの何が違うだろう。

 自らを切り売りして得た賃金で私たちは豊かになったか?

 結局のところ搾しぼりとられ、からだ一つで生きているのではないのか?

 そのからだ。

 地べたを歩き、働いた後、そのからだを横たえるだけの土地も、私たちは持たない。家賃を払って借りているだけに過ぎない。

 金で買うモノなどたいしたことはない。からだを使って、生活を、暮らしを、友だちを、学びを、楽しみを、取り戻すことをしなければ

 

 ならば、反排除闘争を脱皮して、占拠闘争を!自らの生きる場所を生きる営みを通して獲得して行く闘いを。

 私たちは占拠した空間で出会い、話をし、ご飯を食べ、映画を観ていいのである。ちょっとした野菜を育ててもいいし、コーヒーを焙煎して飲んでもいい。漫画を読んでもいいし、寝てもいい。笑ってもいいし、怒ってもいい。なぜなら、「法的に合法な」自らの居場所など、この世界にはどっちみちないのだから。路上を。公園を。空き地を。寄せ場を。

 権利や義務を棚に上げて、存在を巡る闘争を。

 人間が生きていれば、ゴミも糞も出て当たり前だ。

 釜ヶ崎のセンター開放闘争ののろしを全国へ。全世界へ。そしてまた、人々の暮らしへ。

2019年4月14日

三公園会議(大阪城公園よろず相談、釜ヶ崎トロールの会、長居公園仲間の会)