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大阪城公園よろず相談

大阪城公園を中心に野宿者支援活動を続けている大阪城公園よろず相談のブログです。

2017年3月12日(日)第8回哲学読書会─―アリストテレス『形而上学 上』

 今回の哲学読書会は、病欠の人もおり、Kさん、Sさんを交えた4人で行いました。

 一冊の本が「巻」で区切られているので、少しずつ小分けに読んでいけば、それほど難しくないのではと甘い考えで選んだところ、めちゃくちゃ難解でした。

 アリストテレスに限った話ではなく、どの哲学者の本を読む場合にも、理解しておかなければならない背景があります。この本は『形而上学』という本ですが、もともと「形而上学」というタイトルが付いていたわけではないそうです。アリストテレスの著作集がまとめられた際に、自然学にまつわる著作の後に並べられたものが「自然学(Physics)の次(meta)の著作」と呼ばれたことから、のちにこの部分が「形而上学=metaphysics」となったと言います。

 では、この本は形而上学について述べたものではないのかというと、そうではなく、やはりこの本に書かれたことがのちに「形而上学」という固有の単語となるような内容を扱っていればこそ、この本は「形而上学」であるようです。

 わからないなりに読んでいると、アリストテレスが、この世界について何か原因と結果を本質的(実体=ウーシア?)にとらえるような視点を求めているらしいことはわかって来ます(形相=エイドスと質料?)。アリストテレスプラトンイデア論を批判しているようですが、アリストテレスのこの志向も現実離れした壮大な構想のように思われます。しかし、なるほど、こういう超越的な世界の理解を求めるものが「形而上学」なのかなとうっすら感じられました。

 第五巻=哲学用語辞典では、どういう基準で選ばれたのかもよくわからない30もの言葉の解説がなされています。用語同士がどう関連するかもわからないし、個別の用語にしても何にどう用いられるのかよくわかりません。しかし、これらはアリストテレスが世界を把握するために必要だと考えぬいた概念なのでしょうし、これらを手がかりにした世界観が念頭にあるはずです。これらの用語を関連させる論理のようなものがあるのだと思います。

 そこで論理学です。アリストテレスの哲学者としての一番の貢献は論理学を構築したところにあるのだとか。『形而上学』の中にも矛盾律排中律というものが出てきて、Kさんによればこの二つがとても重要なのだそうです。このまま『形而上学』の下巻を読むのはちょっとしんどいなという気がしていたところで、次回は論理学についての基礎的な本を読むことに決めました。夜回りの時に次回の課題図書となる論理学の本について相談すると「いいのがあったのよ〜」と教えてくれました。

 というわけで、次の本はKさんが探してくれた一冊、コンディヤックという人の『論理学──考える技術の初歩』にしました。18世紀の経験論の哲学者で、ロックやバークリといった人たちへの言及もあるそうです。この本がたまたま昨年翻訳されたばかりで、下手な入門書を読むよりはこの本を読んだ方が後々の理解にもつながっていきそうです。