大阪城公園よろず相談

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2016年9月18日(日)第4回哲学読書会『ツァラトゥストラかく語りき』3

 第4回となった哲学読書会、『ツァラトゥストラかく語りき』の第3部について語り合いました。超人という生き方に目覚めたツァラトゥストラがそのことを初めて語り始めたのが第一部とすれば、語り続けながらも弟子たちの受け止め方に疑問を抱くのが第二部なのではないか──というような気づきが得られたのが前回の読書会でした。

 第三部でツァラトゥストラは最初に降りてきた山に「帰郷」するのですが、その「帰郷」の前にダメ押しのようにこれでもかとツァラトゥストラは否定的な現実にぶつかり、そのことごとくをやけくそのように否定していきます。帰郷したツァラトゥストラは深い眠りについた後目覚め、生き生きと語りだし、その始めからよき理解者として描かれていた鷲や蛇はツァラトゥストラの復活を喜びます。しかし、彼らはツァラトゥストラに「あまり語るな」と言い聞かせ、踊ることや歌うことを勧めます。肉体の精神に対する優位の思想を基礎とする『ツァラトゥストラ』という作品は、語れば語るほど語りきれないものを生み出してしまい、超人たろうとするツァラトゥストラを超人であることから遠ざけるという皮肉な結果を導いてしまうように思われます。

 今回もKさんの解説を聞くところから読書会は始まりました。Kさんは、そのテキストの中で語られている範囲で解釈を深めるという哲学のトレーニングを意識して解説をしてくれているということがわかりました。初級編として徹底的にテキストを読み、中級編で解説と合わせて読めば、上級編としてニーチェのその他の著書も読み解けるようになるということです。Kさんを哲学のツァラトゥストラだとすれば、ほとんど初学者の僕たちはツァラトゥストラをやきもきさせる弟子たちかのようです。『ツァラトゥストラ』はツァラトゥストラという、人の好さから他人を見捨てて一人で超人になりきることのできない人物の試行錯誤の経験を綴るものであり、ツァラトゥストラのように超人を目指してなりきれぬところに現代を生きる我々へのこの作品の恵みがあるように思えます。

 第三部はツァラトゥストラの「永遠」への賛美で幕を閉じます。これで『ツァラトゥストラ』の物語は完結しているように思えます。果たして第四部は何を語るものになるのでしょう。そろそろ次に読む本も選ばなければなりません。一冊目が終わったところで今後どのような形で読書会を進めていくのか。これまで生きて来た経験も考え方も違う人間が哲学書を読むために月一回集まってあれこれ語り合う繰り返しは思えばまだ始まったばかりです。